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函館地方裁判所 昭和32年(ワ)345号 判決

原告 佐藤彰朔 外一名

被告 国 外二名

訴訟代理人 杉浦栄一 外七名

主文

原告等の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告等の連帯負担とする。

事  実 〈省略〉

理由

一、原告等主張一の事実は、被告国との間で争いがなく、その余の被告等との関係においても弁論の全趣旨により之を認めることができる。

被告会社が、その日時数量の点を暫く別にすれば、本件試掘権の設定登録後、本件鉱区において岩石を掘採し、之を他に処分した事実は、原告等と被告会社同津山との間で争いがなく、被告国との関係においても弁論の全趣旨によりこれを認めるに十分である。そして原告等が本件試掘権の目的たるけい石であると主張するものが、被告会社の掘採処分した右岩石(以下本件岩石という)なのであるから、本件岩石が鉱業法上のけい石であるとすれば、被告会社が掘採して土地から分離したその岩石は同法第八条により鉱業権者たる原告等の所有に帰属し、これを他に処分した被告会社の所為が原告等に対する権利侵害を構成することは明らかである。そこで、以下、同法にいう「けい石」の定義を検討しつつ、本件岩石が同法にいう「けい石」に該当するか否かを判断する。

二、鉱業法は、地下資源の合理的開発に資するため、一定種類の地下資源の掘採取得を、土地所有権の権能から除外し、国が行政処分によつて賦与する鉱業権の権能に専属せしめたが、この一定種類の地下資源を同法は「鉱物」と呼び、同法第三条によりその種類を法定している。そして、個々具体的な場合に、鉱業法の適用の対象となる鉱物は、鉱物学岩石学上の鉱物と異り、右の法定された種類に該当する地下資源であることを要するとともに、鉱業法による保護と監督をうける対象であるから、その品位、埋蔵量、鉱床の位置、賦在状況時代の科学技術の水準、経済的需要等の諸条件に照してその掘採が経済的価値を有し、同法による保護と監督を必要かつ妥当とする(同法第一条、第三五条参照)未掘採の(同法第二条参照)地下資源でなくてはならない。ところで、けい石は同法第三条所定の法定鉱物であるが、その定義につき同法その他の法令に規定するところがころがない。よつて同法にいう「けい石」の定義は、従来一般にけい石としで取扱われてきたものの実体を分析し、鉱物学岩石学等の学者の見解を参考にしつゝ、鉱業法の目的にてらして定めるほかはない。

(1)  窯業その他の工業関係分野において、従来、一般に、けい石として取扱われていたものの実体は何か。証人山田久夫、同鈴木醇の各証言、鑑定人今井秀喜の鑑定(第一、二回)の結果及び成立に争いない甲第九八号証乙第二五号証の二、いずれも被告会社並びに同津山において成立を認め弁論の全趣旨から被告国との関係でも成立を認めうる甲第九九号証の二、同第一〇二号証の二によれば、けい石なる用語は、従来窯業その他の工業関係分野において或る一定の工業用地下資源を指して用いられてきたのであつて、成因産状等に重点を置いて地下資源を研究する鉱物学岩石学上の各称ではなく、従つて学問上の厳密な分類に基く特定の鉱物又は岩石を指称していたのではないことを認めることができ、被告会社並に同津山において成立を認め、弁論の全趣旨から被告国との関係でも成立を認めうる甲第一〇一号証の二、同第三七〇号証の二、いずれも成立に争いない甲第六九号証同第七〇号証の各二、三、同第一三七号証の二の四、五、同第一六八号証の二、同第一九五号証の三、四、同第二〇二号証の二、乙第一六号証、同第一七号証の一、二、に弁論の全趣旨を総合すると、従来けい石と呼ばれていた地下資源は、主に用途及び産状によつて、(1) 白けい石(2) 炉材けい石(3) 軟けい石(4) 玉石、内張石(5) 珪砂等に大別され、更に(1) の白けい石は(イ)ペグマタイトの白珪石(ロ)石英脈の白理石(ハ)珪岩質白けい石(更に珪岩、チャート、石英片岩等に細別)(ニ)明はん鉱床に伴う白けい石とに、(2) の炉材けい石は赤白けい石、青白けい石、白けい石とに各分類されてきたこと、(1) の白珪石のうちペグマタイトの白珪石は石英長石等組成鉱物の粒度の大きい花崗岩で、その石英がけい石として利用され純粋な石英に近いもの程良質なのであつて、随伴鉱物たる正長石、白雲母黒雲母電気石ザクロ石磁珪鉄鉱その他の稀元素鉱物を多く伴えばけい石としての価値は失われるものであること、石英脈白けい石とは金属鉱床に伴う脈石としての石英であること、珪岩質白けい石のうち岩とは珪石英砂岩の間隙を石英物質の膠結物が固めた。岩石及び石英の各粒子が甚だ小さいため外観が一つの石英質の塊に見える岩(石英砂岩が変成作用を受けてなつた変成岩たる珪岩と堆積作用によつてなつた堆積岩たる珪岩とがある)、チャートとは非晶質または肉眼的には結晶の見えない石英の細粒からなる珪質岩、石英片岩とは既成の石英粒が再結晶してできた熱動力変成岩であり、珪岩、チャートには石英の外玉髄(繊維状の低温型石英で多少非晶質の珪酸を含む)蛋白石等を含むこともあること、明はん鉱床に伴う白けい石は伊豆の宇久津に産するがこれは安山岩が珪化作用(珪酸を含有する熱水が既成岩石を浸しそれを化学変化させてほとんど石英のみからなる岩石に変える作用)を受け塊状乳白色の石英微晶の集合する岩石に変質したものであること、(2) の炉材けい石のうち白けい石は前記白けい石と同性質の岩石が炉材に用いられる場合を指すこと、青白けい石及び赤白けい石はいずれも前記チャートの部分とこれを貫いて間隙を充している白色の石英脈の部分とからなる複合珪岩で、チャート質部分に含まれる珪酸塩鉱物、赤鉄鉱によつて青又は赤色部分を顕出しているものであること、(3) の軟けい石は右の珪岩質けい石が風化し軟化したもので主成分は右のけい石と同性質の鉱物から成つていること、(4) の玉石及び内張石は前記珪岩質のものの、又はめのう質のものから成つていること、(5) の珪砂は石英結晶をもつ岩石(主に花崗岩)から風化作用により分離した石英細粒であつて、通常粘土等に伴つて地層をなしているものであること、以上、従来窯業その他の工業関係分野においてけい石と呼ばれている地下資源は、概ね、多くの場合石英、まれに蛋白石、玉髄、めのう等いずれもSiO2なる化学組成をもつ鉱物(一定の化学成分と一定の物理的化学的性質を有する天然産の無機物)即ち遊離珪酸鉱物(SiO2なる化学成分の鉱物の総称)を主成分とする岩石であることを認めることができる。

(2)  行政庁において、従来、具体的に、けい石としで取扱われていたものは何か。行政庁が具体的にけい石として取扱つたものの実体がいかなるものかを検討することも一応の参考となるが、いずれも成立に争いない甲第一二一号証ないし第一二四号証、同第一六七号証の二によれば、通商産業省鉱山局が各地の通商産業局長から照会を受けけい石であると肯定した岩石には(イ)灰石が珪化作用を石受け更に露天化作用により石灰分が流失し珪化した部分のみ残存した岩石、(ロ)主として波浪の陶汰によつて無水珪酸の結晶粒が密集して鉱床をなす海岸砂、(ハ)花崗岩質の石英に富む粗粒砂岩があり、この各例は本件証拠に現れたものに限られているけれども、右(イ)(ロ)(ハ)の各岩石はいずれも石英又はその他の遊離珪酸鉱物に富む岩石であると認められる。けだし、前記の証拠によれば(イ)の岩石は珪化作用によりほとんど石英のみからなる岩石に変質したものであり、(ロ)の無水珪酸の結晶粒とは石英若しくはその他の遊離珪酸鉱物を指していると認めうるからである。なお、いずれも成立に争いない甲第一一八号証ないし第一二〇号証によれば、遊離珪酸鉱物たるめのう、水晶(石英の一種)がけい石として取扱われていない事実を認めうるけれども、これは、我が国においてめのう、水晶自体は埋蔵量に乏しく、またその掘採方法等から鉱業法による保護と監督の対象とするに適しないため、これを鉱業権の対象としていないのであつて、理論的に鉱業法三条のけい石に該当しないものがあるとの理由によるのでないことが認められるから、前記(イ)(ロ)(ハ)の岩石に対する行政庁の取扱と、めのう、水晶に対す取扱とが必らずしも矛盾する訳ではない。右のとおり、行政庁は、従来、遊離珪酸鉱物を主成分とする岩石を鉱業法第三条のけい石に該当するとして取扱つている事実を認めることができる。

なお、被告国において成立を認めその余の被告等との関係でも弁論の全趣旨から成立を認めうる甲第一八五号証、いずれも弁論の全趣旨から成立を認めうる甲第一八六ないし第一八八号証、同第一八九号証の二によれば、各地通産局においてけい石その他鉱石の分析に当り遊離珪駿の含有量を測定せず、無水珪酸SiO2成分の含有量を測定する取扱がなされている事実を認めることができ、この取扱は一見けい石を「遊離珪酸鉱物を主成分とする岩石」となす取扱に符号しないように思われるけれども、鑑定人今井秀喜の尋問の結果に弁論の全趣旨を併せ考えれば、遊離珪酸鉱物を主成分とする岩石か否かは物理的実験によつて判定でき、化学分析の結果のみから判定するのではないだけでなく、遊離珪酸鉱物を主成分とする岩石のSiO2含有量は、概ね、化学分析の結果算出されるSiO2含有量に近く、化学分析による珪酸SiO2成分の含有量をもつて右岩石の品位の概数を示すことができるため、便宜無水珪酸SiO2成分の化学分析をする取扱をしているとも解しうるから、行政庁が遊離珪酸鉱物の定量分析をしていないことをもつてけい石が遊離珪酸鉱物を主成分とする岩石として従来取扱われていないとすることはできない。

(3)  諸学者等の見解について。被告会社並びに同津山において成立を認め弁論の全趣旨から被告国との関係でも成立を認めうる甲第一〇九号証、第一二六号証、第一八一号証、第一八三号証、第二〇一号証、第三三三号証、第三五七号証、第三六五号証の各二、成立に争いない甲第七一号証の二のい、同第一一二号証、第二〇三号証、第二六二号証の各二、乙第二五号証の二、三、同第二六号証、前顕甲第六九号証、第七〇号証、第一〇二号証の各二、同第一三七号証の二の一、乙第一六号証、同第一七号証の一に、鑑定人今井秀喜の鑑定(第一回)並びに尋問の結果、同山田久夫の鑑定の結果、証人山田久夫、同吉田国夫の各証言を綜合すると、珪素Siは、酸素とともに、地殻を構成する最も豊富な元素であるが、天然には遊離して産出することはなく、無水珪酸SiO2又は珪酸塩(SiO2と他の元素との化合物)等酸化物として産出する、そして、地殻を構成する岩石をつくる鉱物すなわち造岩鉱物のうち、SiO2なる化学成分の鉱物(遊離珪酸鉱物)として最も量の多いのは石英であつて、従来けい石と呼ばれるものの大部分は石英を主成分としている、遊離珪酸鉱物には石英のほかクリストパル石(方珪石ともいう)トリディマイト(鱗珪石鱗石英ともいう)蛋白石(非晶質オパールともいう)などと呼ばれるものがあり、このうちのあるものは従来けい石と呼ばれてきたものの主成分をなしていることがあること、けい石の用語は、沿革的には、我が国においてけい石と従来呼ばれてきた地下資源を最初に利用した窯業関係者が、概ね化学者又は化学技師であつたため、地質鉱物学的には通常石英と称すべき物質に対し、その化学成分である珪酸SiO2に着目し、これが石として天然に産するところから珪(けい)石の名を与えたのであつて、けい石とは鉱物として天然に存在するSiO2の別名であつたこと、後に石英(稀に蛋白石)の外に不純物として他の鉱物が多少混在していてもその量が僅かであるか、又はこの不純物が簡単に分離可能であるものに対してはこれをもけいと呼ぶに至つたこと、右のように、学者及び窯業関係者の間ではけい石なる用語は従来、一般に、石英その他の遊離珪酸鉱物を主成分とする岩石(一種又は数種の鉱物の集合体で地殻を構成する物質)を指称するものと理解されている事実を認めることができる。

もつとも、いずれも被告会社並びに同津山において成立を認め弁論の全趣旨から被告国との関係で認めうる甲第九九号証の二(滝本清教授の書簡)、同第一〇〇号証の二(内田義信教授の書簡)、同第一〇一号証の二(木下亀城教授の書簡)、成立に争いない同九八号証同第一二九号証の三(吉木文平博士の著書)の各記載はけい石の定義につき前記認定と同一の表現をしている訳ではなく、右各記載のけい石の定義のみを見ると、遊離珪酸鉱物を主成分とする岩石だけでなくかゝる鉱物を多く含まないが全体として定量分析によつて示される無水珪酸SiO2を豊富に含む岩石をもけい石と指称すべきであるとの趣旨を示していると解釈できないでもない。しかし、(イ)甲第九九号証の二の「珪石は無水珪酸を主成分とする岩石の特殊のものにつけた名称」との記載に用いられた「無水珪酸」なる用語は、証人山田久夫、同鈴木醇の各証言によると学者によつては前記遊離珪酸と同義に使われることもあるというのであつて、この用語例によれば右記載は実質的に前記認定と同趣旨に帰着するところ、同九九号証の二が学問上の著作でなく簡単な書簡であつて、いずれの用語例に従つたものか学問的に確定できない以上、これをもつて前記認定を覆す資料とはなし得ない。(ロ)甲第一〇〇号証の二の「珪石とは無水珪酸を主成分とする鉱物又は岩石の総称」との記載は、無水珪酸を主成分とする鉱物又は無水珪酸を主成分とする岩石の意味に解する余地もあり、前記認定に反する趣旨をも含むかの如くであるが、右記載を成立に争いない甲第七七号証の三(内田義信教授の著書の一部)の「珪岩・珪砂の主成分をなす石英は酸性耐火物の外硝子熔融石英陶磁器等に供される」との記載及び山田証人との証言と対照し、かつ同第一〇〇号証の二が学問上の著作ではなく簡単な書簡であることを併せ考えると、右記載は必らずしも前記認定に反する趣旨とは認められない。(ハ)甲第一〇一号証の二の「けい石なる名称は鉱物名でなく珪酸を主成分とする岩石に対する名称として使われています」との記載は、之に続く「珪酸は大部分石英ですが蛋白石のこともあります。又鱗珪石やクリストパル石を混えるものもあります」との記載と綜合考察するとき、前記認定に反する趣旨とは認め難い。(ニ)甲第一二九号証の三の「工業的には塊状の珪酸質原料を総称してけい石なる用語を用いている」との記載は、同博士がけい石として例示記載するものがいずれも鑑定人今井秀喜の鑑定(第一回)の結果により石英(又は蛋白石)を主成分とする岩石であることを認めうるから、同第一二九号証の三の記載は前記認定に反する趣旨とは認め難い。(ホ)また、被告会社並びに同津山において成立を認め、弁論の全趣旨から被告国との関係においても成立を認めうる甲第二四〇号証の二の「珪石とは無水珪酸を主成分とし経済的に稼行しうる岩石で、鉱業法第三条ならびに採石法に別名として規定されているものを除く」との記載は、同号証が成立に争いない甲第二三九号証の照会に対する回答であることから之と綜合して考察すると、前記認定に反する趣旨を含むことが認められるけれども、前記(1) において認定したけい石と呼ばれる地下資源の実態及び前記載の諸学者の所見に対比し、右記載がけい石の定義に関する通説的見解を示すものとは認められないから、同第二四〇号証の二をもつて、前記認定を覆す資料とはなし得ない。(ヘ)証人田賀井秀夫(第一、二回)は前記認定に反するような証言をしているけれども、その趣旨とするところは、けい石なる用語は漠然とした商品名であるから定量分析によつて示される珪酸SiO2成分が主成分をなしている岩石をも商取引の上ではけい石と扱つて差し支えないというにあるのであつて、その証言によつてはけい石の定義を確定することができないから、前記山田証人の証言及び今井鑑定人の鑑定(第一、二回)の結果その他前顕各証拠に対比して採用し難く、前記認定を覆すに足りない。(ト)なお、原告等がその主張を裏付ける学説として援用する諸学者の見解のうち、滝本、内田、木下各教授及び吉木博士の各見解はいずれも如上の趣旨に理解すべきであるが、その余の関根良弘技師(甲第一〇二号証の二)、吉田国夫技官(甲第七一号証の二のい)、坪井誠太郎博士(甲第一八三号証の二)の各見解は、原告等主張の趣旨とは異りかえつて前記認定と同一趣旨に解すべきである。即ち、甲第一〇二号証の二の「珪石とはSiO2なる組成を有する鉱物及びそれが成分である岩石である」旨の記載は遊離珪酸鉱物及びこの鉱物を主成分とする岩石を指していると解すべきであるし、甲第七一号証の二のいの「けい珪石は酸を主成分とする鉱物」なる記載は、これに続く記述及び成立に争のない同号証の二のろの記載、証人吉田国夫の証言とを綜合すると、前記認定と同一趣旨を示すものと解すべく、甲第一八三号証の二の「けい石とは工業用語で厳密な言葉でなく工業用の珪酸質岩石である」との記載はこれに続いて「けい石は珪酸鉱物を主成分とする岩石である」と記載しているところから考察して前記認定と同一趣旨を示すものと解すべきである。(チ)なお、証人須藤勝美の証言中には前記認定と異る見解が示されているけれども、この見解は前記諸学者の見解に対比して採用できないし、弁論の全趣旨から成立を認めうる甲第一〇八号証の二(須藤俊男教授の見解を伝聞的に伝える書簡)は、その記載が同教授の見解を忠実に伝えたものか否か明らかでない(例えばけい石とは岩石学上の用語である旨の記載は他の諸学者の見解と全く異ることと対比し、同教授の見解と速断し難い)からこれをもつて前認定を覆す資料とはなし得ない。以上のとおりであつて、諸学者の間では、けい石なる用語は、一般に、石英その他の遊離珪酸鉱物を主成分とする岩石を指すものとして理解されている旨の前記認定を覆すに足る資料は存しない。

(4)  鑑定人山田久夫の鑑定の結果によれば(イ)或る岩石が遊離珪酸鉱物には乏しくても相当量の珪酸成分を含んでいて、この珪酸成分を活用し従来「けい石」と呼ばれるものを原料として製造された製品と同じ部門に入るものを工業的に生産し得る場合には、このような岩石をも「けい石]のうちに入れる、(ロ)珪酸成分に富んでいる岩石が何らかの工業原料として使用しうるならば、そのような岩石はすべて「けい石」と呼ぶとの二個の定義が設定可能であるとする。(イ)の定義は原告等主張の「けい石とは無水珪酸SiO2なる化学成分を主成分とする岩石であつて、この珪酸成分の物理的又は化学的性質が産業上有用であるもの」との定義と同趣旨であろう。しかし、今井鑑定人の鑑定(第一回)並びに尋問の結果、山田鑑定人の鑑定の結果、乙第二五号証の二によれば、地殻を構成する岩石の大部分は程度の差はともかく珪酸SiO2を含有し、鉱物の大部分は珪酸SiO2と他の元素との化合物即ち珪酸塩からなつていること、法定鉱物たる長石にも六〇%ないし六五%の珪酸が存在し、ろう石、滑石、耐火粘土等の法定鉱物も珪酸成分を多量に含有することが認められるから、珪酸塩鉱物が集合して岩石となつたものに対し、その化学分析のみから算出された珪酸SiO2の量が相当量ありかつ岩石が工業的価値を有する場合に、この岩石をけい石と呼ぶべきものとすれば、けい石の範囲が不当に拡大されるだけでなく、地殻における岩石の相当な部分はけい石といわざるを得ないこととなつて困乱を惹起するだけでなく、けい石と他の法定鉱物又はそれ以外の地下資源との区別が曖昧となり、ひいては鉱業法三条が法定鉱物を制限的に列挙した趣旨を没却することとなつて妥当でない。

よつて右(イ)、(ロ)の定義は採用できない。

(5)  以上認定の諸点を綜合して考えると、鉱業法第三条の「けい石」とは従来一般に理解されているところに従い「遊離珪酸鉱物を主成分とする岩石」をいうと解するのが相当である。「主成分とする」とは明確を欠く嫌があるけれども、鉱業権の対象となるためには前述のとおり右の性質をもつ岩石が更に鉱業法の保護と監督を必要かつ妥当とする条件になければならないところ、遊離珪酸鉱物の含有量即ち品位は埋蔵量賦存状況その他の諸条件とともに鉱業を営むに足る経済的価値があるか否かの一基準であつて一律には決し難く、遊離珪酸鉱物を利用対象として掘採すると認めうる程度に豊富に之を含有する岩石を指すと理解すべきである。

三、ところで、原告等がけい石であると主張する本件岩石は、けい石の右定義に該当するであろうか。

(1)  いずれも成立に争いない甲第四号証の一、三、同第二四号証、同第四〇号証、同第八六号証の一ないし四、同第二一〇号証、乙第一三号証、弁論の全趣旨から成立を認めうる甲第四号証の二、今井(第一、二回)及び山田各鑑定人の鑑定の結果、証人鈴木醇の証言によれば、本件岩石が地質学上玻璃質流紋岩(玻璃質石英粗面岩)と呼ばれる岩石であり、本件岩石の化学成分は、(SiO2)七三・二三ないし七九・〇五平均七五・九七%、(Al2O3)一三・六一ないし一六・四〇平均一四・八四%の外、(Na2O)(K2O)(Fe2O3)(BaO)(CaO)(Mg0)(TiO2)(MnO)(P2O5)を各少量ずつ含有していること、本件岩石の約九五%がガラス質部分であり、班晶としては石英〇・三ないし一・九%、斜長石一・〇ないし三%、雲母〇・七ないし二・四%が含まれており、各班晶の粒径は〇・五ないし二ミリメートルであつて、本件岩石の石基をなすガラス質部分の化学成分が概ね本件岩石全体のそれと同様であることが認められる。右認定の事実によれば、本件岩石には珪酸が七三・二三ないし七九・〇五も含まれているけれども、遊離珪酸鉱物としては約二%以下の石英が含まれているにすぎないから、本件岩石は遊離珪酸鉱物を主成分とする岩石とは認められない。よつて本件岩石が、原告等主張のような工業的価値を有するとしても、けい石の前記定義に該当する岩石でないことは明らかである。

(2)  原告等は、いわゆるノルム計算方式により算出すると本件岩石には班晶の外ガラス及び晶子の形態で存在する遊離珪酸が約四九・六八%含まれているから、本件岩石は全体の約半分である四九・六八%の遊離珪酸鉱物を含有する岩石であると主張する。なるほど、証人山田久夫、同外崎与之の各証言に外崎証人の証言により成立を認めうる甲第二九四号証の二、前顕乙第一三号証によれば、ノルム計算によつて算出されるいわゆるノルム鉱物SiO2が本件岩石の約三二・七〇%ないし四八・〇〇(甲第二九四号証の三のNo3札幌通産局局内分析書(乙第一三号証)を基礎にした計算によればノルム鉱物SiOが七五・七八%算出されているが、右分析書にはアルカリ成分の分析結果が示されていないからアルカリと結合して長石類を構成すべき珪酸分もノルム鉱物SiO2として誤つて表示されていると認められる)含まれていることが認められるけれども、証人外崎与之、同山田久夫の各証言にいずれも成立に争いない甲第七三号証第七四号証、第七八号証の各四、同第一五五号証の三同第一七〇号証の三及びいずれも被告会社並に同津山において成立を認め弁論の全趣旨から被告国との関係でも成立を認めうる同第一八一号証の二、同第二一五号証の二を綜合すれば、本件岩石は地下の岩漿が地表及びその近くに熔融したまゝ噴出し結晶化のいとまもなく急冷凝固して生成したガラス質の流紋岩であつて、若し何等かの理由で緩冷していたならば長石石英及びその他の鉱物に結晶化したであろう珪酸SiO2と他の種々の化学成分が混淆して存在すること、即ち、本件岩石中の珪酸SiO2は班晶の石英を除き他の化学成分と混淆したまゝで存在していること、いわゆるノルム計算とは岩石を鉱物組成から成因系統に分類するうえにガラス質又は微晶質の岩石については鉱物組成の物理的測定ができないため、化学成分の定量分析の結果から観念的理論的にその鉱物組成を決定し岩石の分類に役立てる方式であつて、本件岩石のようなガラス質の場合、ノルム計算によりノルム鉱物SiO2が算出されてもそれは観念的なものの過ぎになく現実にそれに相当する遊離珪酸鉱物が存在するとはいいえないこと、ガラス質岩石に含有される珪酸SiO成分からSiO2だけを遊離させて抽出することは現在及び近い将来の科学技術をもつてしては不可能であり、また岩石にノルム計算上のノルム鉱物SiO2が含まれているか否かは工業的にはなんら意味を持たないこと、を認めることができる。なお被告会社並びに同津山において成立を認め弁論の全趣旨から被告国との関係においても成立を認めうる甲第一七五号証の二には、「玻璃質火山岩中の玻璃質無水珪酸は遊離珪酸である」との記載があるが、この記載の意味する「玻璃質無水珪酸」とはSiO+NH2Oの性質のものを指す旨附言されているから、本件岩石のガラス質部分とは異る性質の物質を前提としていること明らかであつて、右認定に反する趣旨とは認められないし、前記と同様に成立を認めうる甲第一三一号証、第一三二号証、第一三四号証の各二は、いずれも鑑定人今井秀喜の鑑定尋問の結果、証人鈴木醇の証言に対比して考察すると、これによつては前記認定を左右するに足りない。右認定の事実によれば、ノルム計算によつて算出された本件岩石中のノルム鉱物SiO2をもつて遊離珪酸鉱物とみることはできず、本件岩石に原告等主張の分量の遊離珪酸鉱物が含まれているとは認め難いから、これを前提として本件岩石がけい石であるとする原告等の前記主張は理由がない。

(3)  なお、附言するに、甲第四号証の一ないし三、同第二四号証、同第八六号証の一ないし四(いずれも本件岩石の分析成績書)には本件岩石の品名がけい石として記載されているが、いずれも成立に争いない乙第一八ないし第二三号証、同第二四号証の一、証人高橋清の証言によれば、これは右分析成績書を発行した各地試験場等の係員が分析依頼書に記載された品名をそのまゝ転記したにすぎなく、本件岩石をけい石と判定した上で記載したのでないことを認めうるので、右記載をもつて本件岩石がけい石であるとする資料とはなし難い。また被告会社並に同津山との間で成立に争いがなく、被告国との関係でも弁論の全趣旨から成立を認めうる甲第三六三号証の二(分析結果回答書)には、岩石名としてけい石と記載されているが、これと成立に争いない甲第三六二号証の記載とを併せ考えると、本件岩石をけい石であると判定したうえ記載されたものとは認められないから、右記載をもつて本件岩石がけい石であるとする資料とはなし難い。

なお、原告等は、被告国の担当行政庁である札幌通産局長等が本件試掘権出願手続の過程において本件岩石をけい石であると判定したのであるから被告国はこの点を争うことができないと主張するけれども、或る地下資源が鉱業権の対象たる法定鉱物であるか否かは、これが争われる場合には、最終的には裁判所の判断に委ねられていると解すべきであるから、原告等の右主張は理由がない。

四、以上の次第で、被告会社が掘採処分したことに争いない本件岩石は、本件試掘権の対象たるけい石とは認められないから、少くとも、本件岩石が法定鉱物たるけい石であることを前提とし原告両名に帰属した本件岩石所有権の侵害を請求原因とする原告等の被告会社及び被告国に対する本訴各請求は、爾余の点について判断するまでもなく、失当である。そして、原告等が被告津山において掘採したと主張する岩石が被告会社の掘採した本件岩石と同一岩石であることは弁論の全趣旨により明らかであるところ、この岩石がけい石と認め難いこと前記のとおりである以上、被告津山に対する原告等の請求もまた、その余の判断をするまでもなく失当である。

よつて、原告等の本訴各請求はいずれも失当として棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条第九三条第一項但書を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 栗山忍 大西勝也 杉山英巳)

別紙〈省略〉

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